TAMA音楽フォーラム

若手演奏家育成とクラシック音楽の振興を目指します

活動履歴2011

セミナーの内容

「モーツァルトのピアノとヴァイオリンのためのソナタ (その1)」

 
セミナー形態: 公開レッスン  &  演奏
講師:小林 道夫 (Pf
応募録音曲(受講曲):W.A.Mozart のソナタK.69K.2631K.30130616曲より1曲(全楽章)
 
1回セミナー 内容
 
公開レッスンは3グループが受講します。
 
== 公開レッスン曲目 == 
① Mozart: Sonate e-moll K.304
② Mozart: Sonate Es-Dur K.302
③ Mozart: Sonate C-dur K.303
 
== コンサート曲目==
Mozart: Sonate C-Dur K.6 
Mozart: Sonate G-dur K.27
Mozart: Sonate G-dur K.301
Mozart: Sonate C-dur K.296
 
演奏:小林 道夫(ピアノ)、岡山 潔(ヴァイオリン)
 
 
 
 
 
 
 

「メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲」

セミナー形態: 公開レッスン & コンサート
 講師:   ライプツィヒ・カルテット Leipzig Streichquartett
(ドイツを代表する世界的な弦楽四重奏団)
 シュテファン・アルツベルガー Stefan ArzbergerVn
ティルマン・ ビューニング    Tilmann BueningVn
イヴォ・バウアー              Ivo Bauer(Va)
マティアス・モースドルフ   Matthias MoosdorfVc
 
応募録音曲(受講曲): Felix Mendelssohn Bartholdyの弦楽四重奏曲
Op.12、Op.13Op.44-1Op.44-2、の4曲から1曲(第1楽章)
 
第2回セミナー 内容
 
公開レッスンは2グループが受講します。
 
== 公開レッスン曲目 ==
   ① メンデルスゾーン:弦楽四重奏曲 ホ短調 op. 44 - 2
   ② メンデルスゾーン:弦楽四重奏曲 イ短調 op. 13
 
== コンサート・プログラム == 
  ハイドン:弦楽四重奏曲 ニ長調 op. 64 - 5 「ひばり」
  メンデルスゾーン:弦楽四重奏曲 変ホ長調 op. 44 - 3
 
  演奏: ライプツィヒ・カルテット
 
 
 
 
 
 

「モーツァルトとブルックナーの弦楽五重奏曲」 

 セミナー形態: コンサート & レクチャー
 
講師:前田 昭雄(音楽学者)
 
演奏:岡山潔弦楽四重奏団 + 大野かおる (Va)
 
 
~ プログラム ~
 
W.A.Mozart  弦楽五重奏曲 ハ長調 K.515
A.Bruckner   弦楽五重奏曲 ヘ長調W.A.B. 112
A.Bruckner   間奏曲 ニ短調 W.A.B.113
 
~ 演奏 ~
 
岡山潔弦楽四重奏団 + 大野かおる(Va
 
~ レクチャー ~
 
前田 昭雄
 
 
 

TAMA音楽フォーラム 若手演奏家シリーズ第1回

TAMA音楽フォーラムのセミナーでの成果発表を兼ねた
若手演奏家によるコンサートです。 
 

 
演奏:長尾 春花(Vn) 川口 成彦(Pf
 
入場料:1000円(一般、学生ともに)
 
 
 
~ プログラム ~
 
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ ハ長調 K.303
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ ハ長調 BWV1005
フォーレ:ヴァイオリン・ソナタ 第1番 イ長調
 
 
 
 
 
 
 

 「シューベルトのヴァイオリンとピアノのためのソナチネ」

セミナー形態: 公開レッスン & コンサート
 
講師:ライナー・ホーネック Rainer Honeck (Vn、ウィーンフィル・コンサートマスター)  
共演:村田 千佳 (Pf
 
応募録音曲(受講曲): Schubert Sonata (Sonatine) D384D385D408の3曲から1曲(第1楽章)
第4回セミナー 内容
 
公開レッスンは2グループが受講します。
 
= 公開レッスン曲目 =
シューベルト:ソナチネ 第1番 二長調 D.384
シューベルト:ソナチネ 第2番 イ短調 D.385
 
 
= コンサート プログラム =
シューベルト:ソナチネ 第2番 イ短調 D.385
シューベルト:ロンド ロ短調 D.895
 
演奏:Rainer Honeck(ヴァイオリン)、村田 千佳(ピアノ)
 
 
TAMA音楽フォーラム オリジナルコンサート
1回 ~ Diethelm JONAS氏を迎えて ~
 
2011年724日(日) 1600開演 (15:30 開場)
 
 
~ 演 奏 ~
ディートヘルム・ヨナス (オーボエ) 大室晃子 (ピアノ)
岡山 潔(ヴァイオリン) 阪本奈津子(ヴィオラ) 窪田 亮(チェロ)
 
~ プログラム ~
R.Schumann   アダージオとアレグロ Op.70 (オーボエ、ピアノ) 
L.Boccherini   弦楽三重奏曲 ニ長調 Op.14-4
Pavel Haas オーボエとピアノのための組曲
V.Barkauskas モノローグ(オーボエ独奏)
W.A.Mozart   オーボエ四重奏曲 ヘ長調 K370
 
 
 
 
 
 

「 プーランクの室内楽作品(ヴァイオリン・ソナタ と チェロ・ソナタ) 」

 
セミナー形態: 公開レッスン & コンサート
 
講師:     野平 一郎(Pf)、 共演:佐久間 由美子(Fl
 
 応募録音曲(受講曲): Poulenc Violin Sonate または Cello Sonate の 第1楽章
 
5回セミナー 内容
 
公開レッスンは1グループが受講します。
 
= 公開レッスン曲目 =
プーランク:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ
 
 
= コンサート プログラム =
プーランク:3つのノヴェレッテ(ピアノ独奏)
プーランク:15の即興曲より抜粋(ピアノ独奏)
ドビュッシー:シランクス(フルート独奏)
プーランク:フルートとピアノのためのソナタ
 
演奏:野平 一郎(ピアノ)、佐久間 由美子(フルート)
 
 
 
 
 

TAMA音楽フォーラム 若手演奏家シリーズ第2

 
 

TAMA音楽フォーラムのセミナーでの成果発表を兼ねた
若手演奏家によるコンサートです。

 
  ~ プログラム ~
シューベルト:ソナチネ 第2番 イ短調 D385
モーツァルト:ソナタ 変ロ長調 K454
大和加奈(ヴァイオリン)- 田中 玲奈(ピアノ)
  − − − − − − 
   シューベルト:ソナチネ 第1番 ニ長調 D384
ベートーヴェン:ソナタ 第7番 ハ短調 op 30-2
    瀧村依里(ヴァイオリン)- 大伏 啓太(ピアノ)
 
 
 
 
 
 
 

J.S. バッハ 無伴奏チェロ組曲 」

セミナー形態: 公開レッスン & コンサート
 
講師:     ペーター・ヘル(Vc ライプツィヒ音楽大学教授) 
共演:野田 清隆(Pf
 
応募録音曲(受講曲):J.S. バッハ の無伴奏チェロ組曲より1曲を選択し、その第1と第2楽章
 
 
 
6回セミナー 内容
 
公開レッスンは3名が受講します。
 
= 公開レッスン曲目 =
 無伴奏チェロ組曲 第3番
 無伴奏チェロ組曲 第1番
 無伴奏チェロ組曲 第2番
 
 
= コンサート プログラム =
 メンデルスゾーン:チェロ・ソナタ 第2番 ニ長調
 
 演奏:ペーター・ヘル(チェロ)、野田 清隆(ピアノ)
 
 
 
 

「ハイドンのピアノ三重奏曲」

 
セミナー形態: 公開レッスン & コンサート
 
講師:     アヴェディス・クユムジャン(Pf、ウィーン音楽演劇大学ハイドン研究所教授)
 
応募録音曲(受講曲):ハイドンのピアノ三重奏曲全45曲の中から1曲を選択し、その第1楽章
 
 
 
 
第7回セミナー 内容
 
公開レッスンは2グループが受講します。
 
= 公開レッスン曲目 =
ハイドン:ピアノ・トリオ 第35番 ハ長調 Hob.XV-21
ハイドン:ピアノ・トリオ 第43番 ハ長調 Hob.XV-27 
 
 
= コンサート プログラム =
 ハイドン:ピアノ・ソナタ 第20番 ハ短調
 ハイドン:ピアノ・トリオ ト長調 Hob.XV-25
 メンデルスゾーン:チェロ・ソナタ 第2番 ニ長調
 
 演奏:アヴェディス・クユムジャン(ピアノ)、岡山 潔(ヴァイオリン)、伝田 正則(チェロ)
 
 
 
 

 

「 モーツァルトのピアノとヴァイオリンのためのソナタ ~その2~ 」

 
セミナー形態: 公開レッスン & コンサート
 
講師:     小林 道夫(Pf)  共演:岡山 潔
 
応募録音曲(受講曲):モーツァルトのピアノとヴァイオリンのためのソナタ
K.376、K296K377K378K379K380の6曲より1曲を選択し、その第1楽章
 
 
 
第8回セミナー 内容
 
公開レッスンは2グループが同一曲を受講します。
 
= 公開レッスン曲目 =
モーツァルト:ピアノとヴァイオリンのためのソナタ K.378 変ロ長調
 
 
= コンサート プログラム =
 J.C.バッハ:ソナタ 第5番 ヘ長調
 J.シュスター:ディベルティメントII ト長調
 モーツァルト:ソナタ K.377 へ長調
 
 演奏:小林 道夫(ピアノ)、岡山 潔(ヴァイオリン)
 
 
 
 
 
 
 
 

セミナーレポート

 「モーツァルトの初期ヴァイオリンソナタ」講師:小林道夫

2011年4月23日(土) スタジオ・コンチェルティーノ
 
 
 
 春の午後にモーツアルトはまことにふさわしい。というものの、この日の天気は荒れ模様で、名残の桜を吹き散らすばかりの強い雨風が吹き付けていた。こんな天候に加え、世には3月11日の東日本大震災の自粛という雰囲気も漂っていたが、スタジオは聴講客で満員となり、静かな熱気に包まれた。午後3時過ぎ、セミナーは岡山潔TAMA音楽フォーラム代表の「この大変な時に・・・」という意味深い挨拶とともに始まった。
 
 小林道夫さんは気さくな態度で、受講生の指導に当たった。その気さくさは第一受講生の「リピートはどうしましょう」という問いに「どちらでもいいですよ」という受け答えに早くも現れていた。しかし、丁寧で優しい指導の中に厳しさと鋭さが含まれていた。とりわけ、ベートーヴェンでもなく、ロマン派でもないモーツァルト音楽とは何かを感じさせ、教えてくれる内容の濃いセミナーであった。
 
 セミナーでは、第一グループの溝邉(Vn)・阿部(Pf)組がモーツアルトのソナタK304、第二グループの平光(Vn)・佐藤(Pf)組がソナタK302、第三グループの長尾(Vn)・川口(Pf)組がソナタK303をそれぞれ演奏して、小林さんが実に丁寧に指導した。時には自分でピアノを弾いてみせた。たとえば、K304の第二楽章の出だしのピアノパートが小林さんの演奏によって、淡々とした叙情に一変するのには驚いた。また、小林さんは指導の途中でピアノに座るといきなり、ベートーヴェンの第4ピアノ協奏曲の冒頭のソロを弾いた。驚く聴衆に、R・シュトラウスは「ここは名刺を出すだけなのだ」といったエピソードを語り、音楽のさりげなさが大切なことを示した。セミナーは小憩をはさんで5時半まで続き、若い演奏家ばかりか、聴講の人々を音楽演奏はどうあればいいのかという問題への深い洞察に導いた。小林さんがセミナーで示した要点を記憶するまま次のように書きとめておく。
 
* モーツアルトの音楽にはバロック的な要素があることに留意しよう。
 
* 同じフレーズが二度出るときは同じように演奏しない。
 
* スタッカートはピアノをはじくのではない。音と音とを離して弾くのだ。さもないと、ピアノで早くて軽いスタッカートは弾けない。
 
* あなた方の演奏は、思い入れが強すぎる。ショパンやシューマンのように聞こえる。淡々と表現したほうがよい。
 
* モーツァルトでは、ペダルを多用しないほうがよい。
 
* 大ピアニストのE・フィッシャーが言っている。モーツァルトにはバス(低音)はなかった、ベスヒェン(小さいバス=バスちゃん)だけがあった。バスを強調しすぎないように。
 
* ソナタの中のふたつの前打音のついた低音について、ふたつ弾くと重すぎるので、前打音ひとつでいい、と実例を示した。するとすっきり軽い低音となった。
 
* メヌエットは宮廷音楽から来ているから、エレガントであるべきだ。
 
* 音楽には強拍と弱拍がある。大きな音符と小さな音符を弁別しながら音楽を進めるべきだ。
 
* 物理的・機械的なテンポがインテンポではない。しかし、インテンポに聞こえるように演奏する必要がある。
 
* モーツァルトのルバートは文字通りのルバートであって、ジャズのように一定のテンポの上でのスイングとは違う。
 
* 指導の中のいくつかの場面で、品格に欠けるという意味のさりげない注意があった。
 
  音楽における品格の高さがひとつの大切な尺度になると感じさせた。
 
 
 午後5時半、セミナーは終わった。15分の休憩のあと、コンサートとなり、岡山潔さんと小林道夫さんがモーツァルトのヴァイオリンソナタを4曲演奏した。8歳の頃のK6、10歳の頃のK27、それから22歳、マンハイム時代に書いたK301とK296である。初期のかわいらしい音楽は、すでに二人はCDに録音していて、隅々まで行き届いた演奏であった。小林さんが、「80歳近い私がこれを演奏するとは」といって、聴衆を笑わせる場面もあった。また、K301を始めようとした岡山さんに小林さんが待ったをかけた。小林さんはGとCを間違えて、K296を始めようとしたらしい。このあたりの和やかさは、格式ばった普通の演奏会ではえられない情景であり、雰囲気であった。このGとCのソナタで二人の本領は十二分に発揮された。私見ながら、C、つまりK296のソナタがとりわけ心にしみこんだ。永年の二人の音楽家としての、また人間としての信頼、敬意がそのまま崇高なモーツァルト表現に結びついていた。
 
 このように、TAMA音楽フォーラムは素晴らしいスタートを切った。とりわけ、若い音楽家たちにとってかけがえのない勉強の機会、またとない刺激となったに違いない。スタジオ・コンチェルティーノは100席に満たないホールである。それだけに温かみと親密さがある。小さな場所からこそ大きなことが起こる。いや、小さな場所からしか大きなことは起こらない。これからのTAMA音楽フォーラムの展開の可能性はまことに限りがないと思う。 
 
2011年5月4日 鎌倉にて、西谷 晋 ジャーナリスト、TAMA音楽フォーラム実行委員
 
 

「メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲」

 公開レッスン&コンサート:ライプツィヒ弦楽四重奏団
 
 2011年5月8日(日)  スタジオ・コンチェルティーノ
 
 
 
 荒れ模様のあいにくのお天気だった第1回セミナーとは打って変わって、汗ばむような初夏の好天の下、世界トップ・レベルのライプツィヒ弦楽四重奏団を迎えて行われた第2回セミナーは、やはり満員の盛況となり、適確かつ興味深い指摘によって音楽がいかに変化し、深まっていくかをまのあたりに出来る得難い機会となった。
 
 国立音大卒業生からなる1組目の受講グループがホ短調 op44-2、東京藝大在学中(大学院を含む)の2組目がイ短調 op13、とそれぞれメンデルスゾーンの弦楽四重奏曲を課題に、セ ミナーは進められた。「スコアを読んだら、楽器を持つ前に、このフレーズは何を語ろうとしているのかを考えてほしい」「何を言いたいのかが聞こえてこない。自分が歌手だったらここをどんなふうに歌いたいか、それを意識することが大事だと思う」。
 
 2組とも、第一楽章を一通り弾き終えた後で、講評が始まった。リードするのはチェロのマティアス・モースドルフさん。そのうち第一ヴァイオリンのシュテファン・アルツベルガーさんが楽器を手にして「ほら、こんなふうに」と弾き始める。第二ヴァイオリンのティルマン・ビューニングさんとヴィオラのイヴォ・バウアーさんは、ここでも内声部の役割りを担って、控え目ながら時折り鋭い指摘を繰り出す。三十歳代後半ないし四十代の四人は、いかにも今が脂の乗り切った時期なのだろう、自信と実績に裏打ちされたエネルギッシュな発言が相次いだ。
 
 聴衆にとってとりわけ興味深かったのは、演奏テクニックに関する指摘だろう。「何もハイポジションで弾く必要はない。むしろ第一ポジションの方が倍音はよく響くのだということを知ってほしい」「あなたは16分音符を弾くのに、弓の2ミリ分しか使っていない。少なくとも1.5センチは使ってほしい」「トリルが電気ドリルのブルブルいうような音に聞こえる。もっと柔らかなトリルでないと」。
 
そして、この日終始話題に上がったのがヴィヴラ―トについてだった。「とにかくヴィヴラ―トが多すぎる。一度ヴィヴラ―トなしで弾いてみてほしい」「ヴィヴラ―トを気にしすぎて、右手がおろそかになっている。左手よりも右手のほうがずっと大事なんだ」。セミナーの締め括りには会場からもヴィヴラ―トに関する質問が出て、それに対する答えは「基本的に、ヴィヴラ―トをかける必要のない所にはかけないこと」という明確なものだった。これにはさらに、歴史的名ヴァイオリニストの名前が挙げられて「彼らユダヤ系のヴァイオリニストたちは、とかくヴィヴラ―トを多用しがちだが」という言葉が続いたのだが、この日司会と通訳を受け持った岡山潔TAMA音楽フォーラム代表が「これはあくまで演奏スタイルについてであって、決して人種差別発言ではありません」とユーモアをまじえて受講グループと会場に伝える一幕もあった。
 
もう一つ、大切だと思えたのはメンデルスゾーン固有の特質とその時代精神についてだった。「チャイコフスキーとは違うのだから、もっと柔らかさがほしい」「どうもツィゴイネルワイゼンのように聞こえてしまう。これはもっと繊細で端正な音楽だと思う。いささか表面的になってしまっているのが残念だ」。ここにはメンデルスゾーンゆかりの地ライプツィヒ(およびその周辺)で生まれ育ち、オーケストラでの経験と室内楽活動を通じてメンデルスゾーンの音楽を知りつくし、かつ大切にしてきた4人の音楽家たちの気持ちが込められているようだった。
 
セミナー終了後、休憩をはさんで開かれたコンサートでは、ライプツィヒ弦楽四重奏団がハイドンの弦楽四重奏曲ニ長調 op64-5「ひばり」とメンデルスゾーンの弦楽四重奏曲変ホ長調 op44-3、そしてアンコールにヤナーチェクの弦楽四重奏曲第2番「ないしょの手紙」の第一楽章を演奏した。会場最前列に座った受講グループ2組8人はもとより、聴講した人たちにとっても、セミナーの内容を噛みしめつつ時代の異なる三つの名曲に聴き入るのは、まことに得難い経験となっただろう。
 
 
 
  舟生素一 ジャーナリスト、TAMA音楽フォーラム実行委員
 

「モーツァルトとブルックナーの弦楽五重奏曲」

 
2011年6月5日(日)15~18時 スタジオ・コンチェルティーノ
 
 
 
 今日は前2回の公開レッスンと演奏という音楽セミナーから趣を変えて、講師によるレクチャーと演奏を組み合わせた企画である。そのように述べながら、岡山潔代表は講師の前田昭雄先生を紹介した。「前田先生は国際的評価の高い音楽学者で、わたしが、ウイーン音楽演劇大学へ教えに行ったときにそこで本当に親しくなった。先生はシューマンの研究で有名だが、古典音楽、それに何よりも弦楽四重奏など室内楽への造詣の深さに驚いた」。
 前田氏が登場して、25分ほど、前半のレクチャーをした。「今日のキーワードは五重奏です。モーツァルトの柱となるジャンルは交響曲やオペラです。室内楽も、弦楽四重奏曲に比べると五重奏曲は特殊な分野です。弦楽四重奏曲23曲に対して、弦楽五重奏曲は6曲です。ブルックナーにしても、交響曲に集中していましたから、室内楽的な作品はピアノソナタと弦楽四重奏曲各一つに今日演奏される弦楽五重奏曲だけです」と前置きがあって、以下、次のような説明をされた。
* 室内楽の中心は弦楽四重奏曲だが、それが五重奏になると、和声が豊かになり、作曲家も書きやすくなる。ただ、いい五重奏曲はヴィオラのパートを見ればすぐわかる。
* モーツァルトはK173の四重奏曲を書いたあと、ハイドンセットの最初のK387まで9年も間を空けた。最初の弦楽五重奏曲がK174であるのは意味深い。四重奏に行き詰まって五重奏に転じたのかもしれない。ハイドンセットの6曲を含め、モーツァルトはウイーン時代に10曲の四重奏曲を書いているが、ハイドンセットのあとのニ長調のK499を書き、それから今日演奏されるハ長調K515の弦楽五重奏曲が来る。そして、最後の五重奏曲K614は晴朗な明るさに満ちている。K515を含め、これらの弦楽五重奏曲がモーツァルト室内楽の最後の姿を示しているといえる。
* K515は本当にウイーンらしい曲だ。ゲーテは弦楽四重奏曲について「4人のもののわかった人たちの音楽だ」といったが、五重奏曲も5つの楽器の様々な組み合わせによる、相手を尊重しながらの楽しい対話、もののわかった人の会話、この観点から聞かれたらよい。4人の対話が5人になるとどうなるか。和音が途切れる心配がなくなり、色々な可能性が広がっていく。
* 第一楽章はチェロから入ってヴァイオリンがそれを引き取る。そして対話が展開して5人のユニゾンとなる。この展開振りを楽しみたい。
* 第二楽章と第三楽章はよく入れ替わるが、今日は第二楽章にアンダンテ(当初はラルゲットとなっていた)、その次にメヌエットが演奏される。後期モーツァルトでは、メヌエットはもはや踊りではなく「心のメヌエット」になっている。そして最終楽章、いきなり第一ヴァイオリンが飛び出して、音が紡がれてゆく。快い、生き生きとしたテーマの出方、展開の仕方。このようにこの曲で、誰がいつ何を話すのかに注目していただければと思う。
 それから、モーツアルトの弦楽五重奏曲ハ長調K515全曲が演奏された。岡山潔弦楽四重奏団と第二ヴィオラ大野かおる。
 4時15分に演奏が終わり、15分の休憩となる。
 前田昭雄氏が再び登場して、後半のレクチャーが始まる。最初に前田氏は、モーツアルトの演奏が極めて高度に充実していた点を評価した。とりわけメヌエットと最終楽章の充実、気品の高さに言及した。
 それから、ブルックナーの弦楽五重奏曲を中心に次のように話された。
* モーツァルトのK515とブルックナーのこの曲との間におよそ100年の違いがある。単純に発達とはいえないが、5人集まっての話し合い方、話の内容も随分違う。
* ブルックナーの弦楽五重奏曲はかなり有名だが、それは、人々に交響曲の体験があるためだ。しかし、いまここで「シンフォニーは忘れてほしい」といいたい。弦楽五重奏曲を作ったとき、彼はすでに5番までの交響曲を書いていた。それで、たとえば、この曲と第5交響曲では似てはいても、似て非なるものがある。ブルックナーにはHingabe(帰依、畏敬の感覚)というものがある。その点では同じかもしれないが、弦楽五重奏曲はあくまでも室内楽として構想されていることを強調したい。
* 前田氏の要請で、この曲の最初の部分が5人の音楽家で演奏され、ブルックナー音楽のいわくいいがたいひとつの気分、例えば、ウィーン郊外を散歩する気分がある。次に第一ヴァイオリンの岡山潔氏が一人で第一主題と第二主題を弾く。ここでのFからFisへの移り行き、気分の変化、これが、ベートーヴェンとの違いなのだと語った。
* 第二楽章はスケルッツオ。この曲の依頼主のヘルメルスベルガーは当初、このスケルッツオを拒否したので、代わりにインテルメッツオを書いたのだが、1885年のヘルメルスベルガーの初演の時には、もとのまま演奏された。このいきさつの背景として、前田氏の問いに、岡山氏が「スケルッツオの演奏に難しいところがあるのは事実」と応じた。
* 第三楽章のアダージオ。あらゆる文献でこの楽章に文句をつけているものはない。つまりみなが称賛している。冒頭部分が演奏されて説明が続く。5つの声部を弾くのは一人づつだ。ここが交響曲との大きな違いである。ブルックナーの交響曲のアダージオはまことに感動的だが、ここではもっと内面的なもの、人間の悲しみが表現されている。ブルックナーの音楽は波にたとえることも出来る。とすると、今回の津波による東日本大震災の悲劇とも結びつく。
* 最終楽章はヘ短調で不思議な、浮遊しているような曲想で始まる。やがてこれは歌にそして祈りに変る。最後は、ヘ長調にもどり、輝かしく終わる。
 
 ブルックナーの弦楽五重奏曲ヘ長調が岡山潔弦楽四重奏団と大野かおるによって演奏される。このあと、熱心な拍手にこたえて、先に述べたインテルメッツオ楽章の主要部分が演奏された。
 前田昭雄氏は、この演奏について次のような感想を述べた。「ブルックナーのこの名曲の精神性、充溢した気品、いやそれをも超えた倫理、エトスといってよい高さとエネルギーを組織してくださったこと。正しく、良く演奏されることが少ないこの曲が今このホールで鳴り響いたことを喜ぶ。今後のご活躍を切に祈る」。
 岡山潔代表はこれに応える様に「音楽学の研究と我々演奏家とが結びつかない傾向がある。もっと結びつくべきだとの思いの一端が今日示せたかもしれない。作曲家、研究者、演奏家、聴衆が一体となるこのような試みをこれからも続けていきたい」と満員の聴衆に語りかけた。音楽を通じてのコミュニオン形成が現出したとも言える第三回のセミナーであった。
 
 
西谷 晋 ジャーナリスト TAMA音楽フォーラム実行委員
 
 

「シューベルトのヴァイオリンとピアノのためのソナチネ」

 
公開レッスン&コンサート:ライナー・ホーネック(Vn)、共演:村田千佳(Pf)
 
2011年7月4日(月)  スタジオ・コンチェルティーノ
 
 
 世界に冠たるウィーン・フィルのコンサートマスター、そして近年は指揮者としても活躍中のライナー・ホーネック氏を迎えた第4回セミナーは、ウィークエンドの午後3時というこれまでの開催日時ではなく、平日の午後6時スタートという初の試みだったが、関心の高さを裏書きして、補助席まで満員の盛況となった。そして、受講生と聴衆は、まぎれもなく真正の音楽家であるホーネック氏の充実した公開レッスンとコンサートに接し、感銘深い夏の一夜を過ごすことが出来たのではないだろうか。
 これも初の試みとして、公開レッスンはホーネック氏が英語で進め、司会の岡山潔TAMA音楽フォーラム代表は最低限の通訳をはさむ、という形で行われた。会場には時折り笑い声も起きて、ホーネック氏のユーモアへの敏感な反応が感じられ、中身の濃い時間がスムースに流れていく感があった。レッスン開始にあたって述べられた「わが最愛の作曲家シューベルトを、ゆかりのウィーンのスタイルに沿って紹介していきたい」というホーネック氏の言葉そのままに、十九歳のシューベルトが書き残した傑作、三曲のソナチネの真髄を、この日改めて知ることが出来た気がしたのは私だけだろうか。
二組の受講グループの一番目、東京藝大卒の大和加奈(Vn)、田中玲奈(Pf)組はソナチネ第二番イ短調を演奏した。まず問題になったのは、短いピアノ前奏に続くヴァイオリンの奏始部。大きく跳躍する旋律を「常に2音を1組にして」「これは very strong beginning でなければならない」と説明したホーネック氏の言葉は、レッスン後のコンサートで氏が演奏した同曲の決然たる奏始によって実証され、受講生と聴衆に深く理解された筈だ。そういえば、「深く deep」という単語は、レッスンを通じて実にしばしば耳にすることになった。例えば「シューベルト特有の deep なアクセントで」というように。モーツァルト、メンデルスゾーンと並ぶ早熟の(あるいは、若くして完璧な作曲技法を身につけた)天才シューベルトが既に十代で到達した境地を理解する上で、deepは一つのキーワードなのかもしれない。
ホーネック氏の適確な指摘をすぐさま実践して「反応が早い」と誉められながら、大和・田中組へのアドヴァイスはさらに続く。「楽譜を読みつつ考え think 、それを心で感じたら feel 、いかにして演奏に実現するか how can I do を考えてほしい」「美しい演奏だが、ちょっと薄手な感じ thin だ。もっと目の詰んだ tight な表現をこころがけて」。
一流の演奏家・表現者はいかにあるべきか。ホーネック氏のレッスンの根底には、常にこの問いがあるように思える。二番目の受講グループ、東京藝大大学院修了の瀧村依里(Vn)、大伏啓太(Pf)組に対しても、ソナチネ第一番ニ長調を題材にして「第一楽章はドラマチックであるよりミステリアスに、つまりクリアーになりすぎず、また音が大きすぎてもいけない」「余計なアクセントはつけずに、フレージングを大事に」と矢継ぎ早の指摘が続いた。また、聴衆への配慮にも話が及び、「フォルティッシモで演奏ずることで、聴く人にサプライズを与えなければ」「終結部があわただしすぎて、聴衆に『エッ、もう終りなの』と感じさせるようではいけない。終結への準備が必要であり、また最後の一音は弓を使いすぎず、消え入るように終止しなければ」といった言葉は、プロを目指す演奏家が忘れてはいけないことなのだろう。
「ここはモーツァルトのスタイルで書かれている」と解説された第二楽章では「左手より右手が大事」、つまり指使いよりもボウイングが大切であること、またピアノは伴奏ではなく、ヴァイオリンとの二重奏であること、などが話題となった。日本語の「ちょっと」の最上級である「チョッティッシモ」などという造語まで飛び出して、ユーモアと熱のこもったレッスンは二時間近くに及んだ。
十五分の休憩の後は、シューベルト作品によるコンサート。ソナチネ第二番イ短調とロンド・ロ短調が演奏され、ホーネック氏の内省的で充実した演奏に聴衆は酔いしれた。またアンコールは「きょうのテーマは三曲のソナチネなので、ではソナチネ第三番ト短調の第二楽章アンダンテ」で締めくくられた。スタジオ・コンチェルティーノから玉川学園駅までの帰路、シューベルトの余韻にひたりつつ月夜の下り坂をゆっくりと歩くのは、得難い至福の時間だった。
なお、ホーネック氏はこの後9月に再び来日し、16(金)17(土)の両日、東京・紀尾井ホールで紀尾井シンフォニエッタ東京の定期演奏会に登場、モーツァルトの2曲のロンド(ハ長調KV373と変ロ長調KV269)とアダージョKV261を弾き振りし、さらにシューベルトの交響曲第三番ニ長調とベートーヴェンの弦楽四重奏曲第十四番嬰ハ短調(弦楽合奏版)を指揮することになっている。ぜひご一聴をお勧めしておく。
 
 
舟生素一 ジャーナリスト TAMA音楽フォーラム実行委員
 
 
 

「フランシス・プーランク(1899~1963)の室内楽作品」

 
公開レッスン & コンサート: 野平 一郎 (Pf)  佐久間 由美子 (Fl)
 
2011 年8月20日(日)15~18時  スタジオ・コンチェルティーノ
 
 
 この日は長い残暑の谷間。どんよりしていて、今にも泣き出しそうな空模様だった。TAMA音楽フォーラム室内楽セミナー第5回は「お暑いなか、と言おうと思っていたのですが、少し涼しくて・・・」という岡山代表の軽妙な挨拶で始まった。
 
 4月の開講以来、モーツァルト、メンデルスゾーン、モーツアルトとブルックナー、シューベルトと、ドイツ・オーストリアの大作曲家が続いた後の今回は、がらりと趣向が変わり、フランスの現代作曲家フランシス・プーランク(Francis Jean Marcel Poulenc)が登場した。講師は野平一郎東京芸術大学教授(作曲家、ピアニスト)。1942年から43年にかけて、つまり第2次大戦中に作曲された「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ ガルシア・ロルカへの追悼」を受講曲に選んだ。受講グループは寺下真理子(Vn)と別所ユウキ(Pf)のお二人、ともにフランス語圏ベルギーのブリュッセル王立音楽院修士課程修了の俊英だ。寺下さんは東京芸術大学を、別所さんは神戸女学院大学をそれぞれ卒業し、留学した。
通しの演奏の後、野平先生が作曲家プーランクについてレクチャーした。それによると、プーランクはどちらかと言うと弦楽器の扱いが不得手な人だったそうで、「弦楽四重奏曲も書いたが、その当時できたばかりの水洗トイレに流してしまった」ほどだったという。「主流がいて傍系がいて、ラヴェルのようなアカデミー系がいて外れた作曲家が多くいて・・・プーランクは外れ系で、自由なところがある」と位置付けたうえ、「作曲家の人となり、曲が生まれた背景などを理解しながら演奏する必要がある」と説いた。文化的な背景が異なる日本人にはなかなか困難な課題に違いないが、そんなカベを乗り越えて国際舞台で活躍する演奏家が輩出している事実はまことに心強い。
 
 野平先生のレッスンはヴァイオリンの寺下さんに対しては「プーランクのテンポの指示は厳格で、テンポを変えずに音楽の性格を変えるように努める。ここは絵巻物を見るように、espressivoで・・・」、ピアノの別所さんには「ぶつかる音をひとつの響きの中に入れる。ペダルの指示が多く、音が混じっても大丈夫。主導権は左手に」などと、高い次元から本質に迫るものになる。作曲家には「響きがピュアでないと気に入らないモーツアルトに対し、ベートーヴェンは混じり合った音を耳で聴いてコントロールする」といった違いがあるが、プーランクは後者の行き方なのだという。また、フランス音楽とドイツ音楽では音の組み立て方に微妙な違いがあることを実際にピアノを弾いてを示し、これを頭に入れて演奏するよう指導した。ひと通りレッスンを受けた後の二人の演奏は、流れがより有機的というか、生き生きとしてきたように感じられた。
 
 野平先生はさらにプーランクの特質、独自性に話を進め、「シャンソンとか、フランスのくだけた分野と交流があった。真面目なものからくだけた音楽まで、反戦的な精神なども含め、いろいろなものがある」「(この曲の表題に)ロルカへの追悼とあるように、ギターの響きのようなスペイン趣味も入っている」などと指摘した。ガルシア・ロルカ(1889~1936)はグラナダ出身で20世紀前半のスペインを代表するリベラルな詩人、劇作家だったが、スペイン内戦時に銃殺された。このあたりの事情までをまず頭で理解したうえで、フランスのエスプリを体現したプーランクの作品を響きで再現する。演奏とは、知性と感性と肉体の実に複雑で大変な協同作業であることか。
 
 午後5時過ぎに始まったコンサートではプーランンクの「3つのノヴェレッテ」(1928・29、ピアノ独奏)、同「15の即興曲」から4曲(1950年代?、ピアノ独奏)、彼が尊敬していたとされるドビュッシー(1862~1918)の「シランクス」(1912、フルート独奏)、プーランク「フルートとピアノのためのソナタ」(1957)、アンコールとして、プーランクが好きでなかったという作曲家、フォーレ(1845~1924)の作品などが演奏された。
 
 演奏に先立って野平先生がひとこと。プーランクは管弦楽曲、協奏曲、室内楽曲、オペラ、合唱曲、歌曲など幅広いジャンルにわたって作品を残したが、「歌曲が本命で、彼が神様だと思っていた作曲家はモーツァルトとストラヴィンスキーの2人だった」としたうえで、1920年代のパリでロシア・バレーに接し、ピカソとも交流があったことなどを紹介、「苦労して育っただけに、大人の音楽というか、世の中のいやなことも楽しいことも全部分かった作曲家です」と解説。先生がパリ音楽院に留学中に担当の教授から、フランス人のエスプリを代表する作曲家はプーランクだと聞かされた、と付け加えた。
 
このespritという言葉には精神、気性、気質、才気、機知など様々な意味がある。ドイツ流の重厚で意味深そうな響きとは違って、軽快できらめくような感じがあるのかなどと考えながらコンサートを聴く。何とも快い時間だった。「フルートとピアノのためのソナタ」では柔らかい響きと芯のある力強い響きの鮮やかなコントラストが印象に残った。それに、フルート奏者、佐久間由美子さんの息づかいが分かるほど演奏を真近で聴けたのは貴重な体験だった。
 
 
走尾 正敬  ジャーナリスト  TAMA音楽フォーラム実行委員
 
 

    「J・S・バッハ 無伴奏チェロ組曲」

     講師:ペーター・ヘル(Prof.Peter Hoerr)
 
   2011年10月15日(土)15時~18時 スタジオ・コンチェルティーノ
 
きょうはドイツを代表するチェロ奏者・ライプツィヒ大学教授、ペーター・ヘルのセミナーである。今回は指揮者として来日したが、TAMA音楽フォーラムの岡山潔代表は彼の赤ん坊以来の知り合い、友人であり、忙しい日程を割いて、チェロを抱えてスタジオに現れた。言葉をドイツ語でするか、英語でするか、受講者、聴講者の意向を岡山代表が聞いたうえで、英語に決まった。
最初に東京芸大3年生の山本直輝さんが無伴奏チェロ組曲第3番の前奏曲を通して弾いた。ヘル氏の懇切な注意を交えて、アルマンド、サラバンドへ移った。ヘル氏のアドヴァイスの主要点は次の通り。
*どんな表現をどんなピクチャーを描きたいのか、自分なりの言葉で表現すること。前奏曲はハ長調らしく新鮮な幸福感を出すこと。
*フレーズの終わりをレガートで。そうすれば、次のフレーズにつながっていく。日本語を含め、しゃべる言葉と同じようにセンテンスの間で息をつくこと。ストーリーを語るとき、おのずと抑揚がつくはずだ。
*ビブラートをどう使うかに注意がいる。メロディアスなところではいいが、多用すべきではない。
*アルマンドでは、軍隊調ではなく、もう少し優しく歩くように(ヘル氏が弾くと、曲の性格が一変した)。
 
続いて、桐朋学園大を出て、プロへの道を歩む朝吹元さんが無伴奏チェロ組曲第1番を弾いた。
*前奏曲について「繊細に弾いたのは評価するが、もっと流暢に推進力を持って」といいながら、ヘル氏が演奏すると音楽に波動が感じられた。
*半音階の進行は常に苦悩を表しているのだ。
*チェロという楽器は音が出るのに少し時間がかかる。テイク・タイム、時間をかけることが大切だ。
*アルマンドで、もっと内省的に考え深げに、しかしスムーズに。空気を入れると雰囲気が変わる。
*4声が進行する。そのためにはもっとゆっくり弾いたほうがよい。
*クーラント。もっと推進力を持って、しかし柔軟に、フレキシブルに。
 
このあと、東京芸大大学院に在学中の山澤彗さんが出てきて、無伴奏組曲第2番を弾いた。
*前奏曲の冒頭について。もっと柔らかさ、しなやかさ、心のこもった表現がほしい。考え深い表情がほしい。そこから音楽が発展していくのだ。
*バッハ特有の同じ音型の繰り返しは、機械的単調さを避けるため、「不平等な」音価の進行が必要だ。
*ここでも、弓を弦に押し付けすぎないよう注意があった。またボウイングに際して、「テイク・タイム」と何度か注意された。
*クーラントではスピードを出して飛ばしてもいい。しかし、所々でスピードを緩めて演奏するように。
*いつも音にスペースを与えるように。またローリングするように弾くといい。
*サラバンド。トリルを無理に速く弾く必要はない。
*山沢さんの「舞台に立った時のチェリストの心構えは何ですか」という質問に対して、ヘル氏は「自分がひとりではないと感じること。また、どう弾きたいかをしっかりさせて、そのうえで音楽に集中すること」と答えた。
 
 公開レッスンが終わり、この日後半のコンサートは、バッハの無伴奏チェロ組曲第1番とメンデルスゾーンのチェロソナタ第2番が演奏された。ヘル氏はバッハを繰り返しなしで、清潔に、節度をもって、しかし心を込めて演奏した。メンデルスゾーンでは若手ピアニストとして評価を高めている野田清隆のよきサポートを得て、端正なロマンの世界を描き出した。なかでも、アダージオには、ヘル氏の熱い思いが込められていた。まことに秋の夕べにはチェロの音がふさわしい。
 
 最後に岡山潔代表は「今日の3人の優秀な若手チェリストが、ヘル氏のすばらしいアドヴァイスによって、将来大きく成長すると信じる」と結び、聴講者一同、拍手でもってそれに応えた。
 
(記録者:西谷晋)
 
 

 「ハイドンのピアノ・トリオ」公開レッスン&コンサート

講師;アヴォ・クユムジャン
2011年11月6日(日)  スタジオ・コンチェルティーノ
 
 
ヨーゼフ・ハイドン(1732~1809)という作曲家、そしてピアノ・トリオという音楽形式は、どちらも或る程度のことは知ってはいるがもっと知りたいと思う点で、またどちらも奥が深く、知れば知るほど興味が尽きないという点で、共通するような気がする。こんな日ごろの思いを一挙に充足させてくれたのがこの日のセミナーだった。なにしろ講師のクユムジャン氏は、ウィーン国立音楽演劇大学教授であると共に、「ヨーゼフ・ハイドン室内楽研究所」所長。2001年以来、ウィーンで開催される「国際J・ハイドン室内楽コンクール」審査委員長を務めている人なのだ。しかも第6回ベートーヴェン国際ピアノ・コンクールで優勝、という経歴を持つ実力派のピアニストなのだから、ハイドンのピアノトリオに近づくには最適の人選といえるだろう。
実際、終始エネルギッシュで情熱的に語り、演奏するクユムジャン氏から受けるハイドンへの深い理解と愛は、受講者にも聴衆にも確実に伝わった筈だ。
一組目の受講グループは、いずれも東京藝大大学院在学中の大伏啓太(Pf )、河野由里恵(Vn)、西方正輝(Vc)さんで、ピアノ・トリオ第35番ハ長調 Hob.ⅩⅤ:21の第一楽章のみを演奏した。聴き終えて、まずクユムジャン氏は「第一の質問、この曲は何を言おうとしているのだろうか。そして、この曲の特質は?」と問いかけた。バロック期の後で、ピアノ・トリオの形式を発展、完成させたハイドンを演奏する時、大事なのはピアノ、ヴァイオリン、チェロの「三者が議論し、話し合い、そしてお互いの音を聴き合うこと」だと言う。「二つの目と耳のそれぞれ一つは演奏のパートナーに向けておくべきであり、三者の音のバランスはピアノ、それも左手が最も強く、その次にチェロが来る」「何度も繰り返される主題は、決して同じように弾いてはいけない。何かしら工夫をしてほしい」。
途中でホ長調に転調することについて、「シューベルトの歌曲集『美しき水車小屋の娘』と『冬の旅』において、ホ長調は死を意味することを思い出してほしい」と指摘したクユムジャン氏は、調性について話を進め、「調性記号(♯あるいは♭)3つまでの調は肯定的な調であり、それ以上だと否定的になる」「ハイドンはイ短調が苦手だった。なぜなら、それは涙につながる、泣ける調だから」と、ピアニストであると同時に音楽学者でもあるこの人ならではの見方を示した。また、ハイドンのピアノ・トリオにおけるピアニストの役割りを「指揮者であり、同時に祖母でも祖父でもなければならない」と述べたのは、ハイドンを知り尽した演奏家らしい興味深い言葉だった。
二組目は、東京藝大の音楽学部室内楽科講師を務める村田千佳さん(Pf ) と東京藝大大学院在学中の山田麻美さん(Vn)、東京藝大卒の山田幹子さん(Vc)。三人は日ごろから「ゼッパールトリオ」の名で室内楽活動を行っているようで、かなり弾き込んでいる印象を受けたが、ピアノ・トリオ第43番ハ長調 Hob.ⅩⅤ:27を全曲通して演奏した。ここでまずなるほどと思ったのは、クユムジャン氏が三人の座る位置を調整したことだった。ヴァイオリニストが(聴衆から見て)あまり左に寄りすぎると、ピアニストがいちいち首を捻って振り返らざるを得なくなるので、「首を痛めないように、もう少し前に出て」との言葉はやはりピアニストならでは。レクチャーは、弾き終えたばかりの第三楽章から曲を逆に辿って進められ、「三人とも素晴らしいが、やはり繰り返しが単調になる」「第二楽章で、三回出てくるピアノのカデンツァはその都度響きを変えてほしい」「自分の譜面に見入っていてはいけない。他の二人の音を聴き取り、常にコンタクトを取り合っていなければ」と、鋭い指摘が次々に繰り出された。最後に第一楽章奏始部について、「あくまでテンポは厳格であってほしい」の言葉で締めくくられ、円環が閉じる形で二時間以上に及んだレクチャーは終った。
休憩時間中もクユムジャン氏はピアノの指馴らしを続け、その休む間のないエネルギーには驚かされるばかり。コンサートではまずピアノ・ソナタ第20番ハ短調が演奏され、ついで岡山潔(Vn)、伝田正則(Vc)両氏が加わってピアノ・トリオ第39番ト長調 Hob.ⅩⅤ:25。
ハイドンづくしのレクチャー&コンサートの最後を飾ったこの曲は、第三楽章の「ジプシーのスタイルで」がとりわけ親しみやすいことでよく知られており、三人の息の合った見事な演奏はハイドンのピアノ・トリオの世界の奥深さをまざまざと見せてくれた。交響曲を107曲、弦楽四重奏曲を67曲も書き、その類例のない勤勉さで知られるハイドンは、またピアノ・トリオも47曲(うち2曲は偽作だというが)残している。全部を聴くのは無理としても、この日を契機として、いくつもある傑作に今後積極的に親しんでいきたいと思ったことだった。
 
 
舟生素一 ジャーナリスト TAMA音楽フォーラム実行委員
 
 

 「モーツァルトのピアノとヴァイオリンのためのソナタ」

         講師:小林道夫
   2011年12月4日(日)15時~18時 スタジオ・コンチェルティーノ
 
 現代日本の文字通りのピアノとチェンバロの巨匠、小林道夫先生に教えを乞いたい人が多いに違いない。会場は瞬く間に満員となった。とりわけ、若い女性の姿が目につく。まず、岡山代表が「この大震災という大変な年に始めたセミナーの今年の最後は4月23日に開いた第一回と同じく、小林先生に来ていただいた。モーツァルトのソナタシリーズは来年もう一回開くことになる」とあいさつがあって始まった。
 今日は2組、つまり東京芸大2年在学中の二村裕美(Vn)・大守真央(Pf)組(G1と表記)と東京芸大大学院を修了して、プロへの道を歩む清岡優子(Vn)・清田千絵Pf)組(G2と表記)がともにモーツァルトのソナタ変ロ長調K.378で小林先生のレッスンを受けた。
 まず小林先生は2組に第1楽章を演奏させた。じっと演奏に耳を傾けた先生は、考え深げに「モーツァルト当時の楽器とは違う現代の楽器で再現することの問題と難しさがある」と語った。それは、今日のセミナーの大前提となるような大切なメッセージであった。そのうえで「2組ともモーツァルトに鉄骨が入っている感じ」と会場を笑わせながら、モーツァルトが聞いた音楽、想定した音楽と違うのではないかと示唆した。たとえば、fのあとのpをどうするのか。「fはピアノではない、pはフォルテではないと考えよう」。このような指導の中で、G1が再び第1楽章を演奏すると、ピアノの音色が柔らかくなって、にわかに、モーツァルトらしくなった。「ここのfはフォルテというよりはブリランテ(華やいで)という感じで」。また「ピアノでないのがフォルテなのだから、フォルテにはいろいろの表現が求められる」と小林先生は述べた。先生はその昔、SP25センチ盤でエドウィン・フィッシャーの演奏を聴いたが、そこにはモーツァルト独特の空中に漂う感じがあったという。
G1の装飾音符の演奏について注意があった。装飾音符は、探究すると藪をつつくような難しさがあるが、さしあたり、装飾音を前に出す場合はさりげなく表現するように。展開部については、現代のピアノの張力も、ヴァイオリンの弦もそのままでではにぎやかになりすぎるので注意が必要である。その他の細部にわたる指導後、G1の演奏は豊かに流れるように変化していった。
小さな休憩のあと、G2が登場して第1楽章を再演した。ピアニストの指使いは、モーツァルト時代にふさわしくとの指導があり、ここでも、現代ピアノでモーツァルトを再現する問題が指摘された。軽やかに速いパッセージを弾くには、鍵盤に指を近づけておく指摘もあった。展開部後半、再現部手前のピアノとヴァイオリンの受け渡しのところは、対話するようにとの注意があった。この中でG2の演奏もモーツァルトらしさがでてきた。
第2楽章をG1とG2が演奏した。「2組ともテンポが遅すぎる。アンダンティーノはそんなに遅くない。音楽がよく流れるように。テンポが遅いと三連音符がいばってしまう」。そしてG1に対しては書いてあることが自然に音になるように。ソステヌート・エ・カンタービレの感じがほしいともいわれた。
G2に対しては、出だしはさりげなく表現されるように。素直に始めること。ピアニストの手首が固い、腕の力を抜いて。また、おなじテンポでも、忙しくない聞かせ方もあるとの助言もあった。
続いて、G2が第3楽章を演奏した。変ロ長調の調性感――、フラットは増えるほど音楽は柔らかくなる。この楽章はあまり埃っぽくなく、もっと軽やかに。ト短調の部分をインテンポで突っ込むときには、何か工夫が必要ではないかな。また、同じ音型は2回まではいいけれど、3回とも同じではよくない。
 
このように、懇切で和やかなうちに公開レッスンが終わり、15分の休憩後、小林道夫、岡山潔によるコンサートに移った。
プログラムはヨハン・クリスチャン・バッハのソナタ第5番ヘ長調、ヨーゼフ・シュスターのディヴェルティメントだ2番ト長調、モーツァルトのソナタK.377ヘ長調の3曲。モーツアルトにとってJ.C.バッハは8歳の時に会った憧れの人、シュスターは8歳年上で、イタリアのマルティーニの兄弟弟子であり、モーツァルトは彼のソナタの影響を受けて、ヴァイオリンソナタを書いた。ただ、(いい曲ではあるが)モーツァルトとは比べられないとは小林先生の解説であった。モーツァルトゆかりの先輩二人を前座とするこのプログラムは心憎いものであった。
圧巻は、もちろんモーツァルトであった。簡潔で力強い第1楽章に続いて、ニ短調の悲しみを帯びた変奏曲、そこに顔をのぞかせるシチリアーナ。そして、なんともしみじみとした情感を湛えた終楽章、テンポ・ディ・メヌエット。曲が終わっても、誰も席を立つことがない雰囲気のなかで、アンコールとしてソナタK.376の第3楽章が演奏された。それは陽気で優しく、モーツァルトのいたずらっぽい顔を思わせる演奏だった。
 
(記録者:西谷晋)
 
 

「ベートーヴェン弦楽四重奏曲 作品18」

公開レッスン&コンサート
講師:岡山潔弦楽四重奏団(岡山潔、服部芳子、佐々木亮、河野文昭)
2012年1月15日(日)  スタジオ・コンチェルティーノ
 
 
満を持して、というべきだろう。今回は、スタジオ・コンチェルティーノをいわばホームグラウンドとする岡山潔弦楽四重奏団のセミナー初登場である。これまで年に二回、東京・千駄ヶ谷の津田ホールで続けてきたベートーヴェンの弦楽四重奏曲初期シリーズ(作品18)演奏会が、昨年11月の演奏会で終了し一区切りしたことを受け、6曲からなるその作品18を課題としてセミナーとコンサートが行われた。
受講グループは二組。最初の二瓶真悠(Vn)、吉武由夏(Vn)、斎藤羽奈子(Va)、広田勇樹(Vc)はいずれも東京藝大2年在学中の「同級生クァルテット」で、受講曲はハ短調作品18の4だった。昨年4月に結成し、これまでにモーツァルトの「狩り」四重奏曲などを練習してきたという4人が、第一楽章アレグロ・マ・ノン・タントを通して演奏した。
まずは出だしのチェロのきざみについて。岡山さんが「ここは厳しさというか、凄味がほしい」と口火を切り、河野さんの「もっと異様に。眼が座っていないと」の指摘が続く。楽章全体については、「時々早口すぎて、何を言いたいのか分からないことがある」(岡山)、「アレグロ・マ・ノン・タント(快活に、しかし過度にならずに)がコン・ブリオ(活気をもって)のように聞こえる。それと、ベートーヴェンにとって、ハ短調という調性が何を意味していたかを考えてほしい」(河野)といったアドヴァイスが出された。
「スフォルザンドの弓使いが穏やかすぎる。だからその後ディミヌエンドした時の和音が聴こえてこない」という服部さんの言葉を受けて、佐々木さんが「表情と雰囲気の変化というか、移り変わりにもっと気をつけてほしい」と口を開く。4人の講師がそれぞれの角度から述べる言葉は、受講者たちにとってまことに有益なのだろう。指摘を受けて繰り返し演奏されるうちに、どんどん曲調が深まっていくのがよく分かる。
それにしても、ベートーヴェンという大作曲家が弦楽四重奏曲という分野に注いだ心血と情熱、エネルギーの大きさはどうだろう。はっきり初期、中期、晩年と分けられる弦楽四重奏曲作曲の時期は、そのままベートーヴェンその人の生の歩みを跡づけている。そして初期の6曲は、けっして「若書き」などと片づけられるものではなく、若きベートーヴェンの心情と時代精神を反映して、見事な完成度を見せている。そのことを『ハイドン、モーツァルトそしてベートーヴェンへ』と題して岡山潔弦楽四重奏団が続けてきたシリーズ演奏会は如実に示してくれた。この日も、岡山さんは「シュトゥルム・ウント・ドラング(疾風弩涛、あるいは嵐と襲撃)」という概念を持ち出して、いかにベートーヴェンがハイドン、モーツァルトら先人の達成したものを継承し、この曲に「人間の内面のエネルギーの沸き立ち」(というのが疾風弩涛のモットーである)を注ぎ込んだかを強調した。
講師4人のアドヴァイスはさらに続く。「クレッシェンドをかけるのが早すぎる。もっと内側に(力を)溜めて、音符通りに」「ヴィブラートは必要だが、ヴィブラートだけが聴こえてくるようではいけない。練習の仕方として、まずヴィブラートなしで弾くようにしたらどうだろう」。続いて演奏された第二楽章の奏始部でも、「ここはスケルツォなのだから、ちょっとかわいく、気楽な感じで」と言いながら、岡山さんはヴァイオリンを手にして「ホラ、こんなふうに」と、歩きながら弾いてみせたりもする。
二組目は、昨年秋に結成されたばかりという久米浩介(Vn)(愛知県立芸大卒)、佐藤奏(Vn)(桐朋学園大卒)、高木真悠子(Va)(桐朋学園大卒)、荒井結子(Vc)(ハンブルク音大卒)で、既に「アンバー(琥珀)・クァルテット」の名称を持っている。こちらはニ長調作品18の3を演奏した。
「第一楽章出だしの七度の跳躍がスラーで結ばれていることの意味は何だろう」「フォルティッシモは省エネせずに、余力を残さず、力を使いきって」「休符でも、音楽を感じていてほしい」「ベートーヴェンが三連音符に込めたものを考えて」と、ここでも4人の講師から矢継ぎ早の指摘が出された。
それにしても、つくづく思い知らされたのは、弦楽四重奏の難しさと楽しさである。ただ4人の息が合っているだけでは、まだ不十分なのだ。演奏しようとする曲を研究し、4人でディスカッションを重ね、何度も何度も練習を(それも個人練習と四重奏の練習を)続けなければならない。そうしているうちに、合奏の楽しみと喜びも湧いてくる。「クァルテットは、やればやるほど良くなる」「色々なことを感じながら演奏しているのが分かります。味わい、と言えばいいのかなあ」という岡山さんの講評は、実感のこもった好意的なものだった。
セミナー終了後、休憩をはさんで開かれたコンサートでは、岡山潔弦楽四重奏団がヘ長調作品18の1全曲とイ長調作品18の5の第三楽章アンダンテ・カンタービレを演奏した。「いやあ、言いたいことを言った後での演奏はやりにくい」と言いながら、津田ホールとはまた異なる親密な空間で、4人の息遣いまでが伝わってくる見事な演奏が繰り広げられ、聴衆はしばし弦楽四重奏の醍醐味を味わうことになった。
なお、この後岡山潔弦楽四重奏団は、7月17日(火)の第一回を皮切りに、ベートーヴェン中期作品シリーズ(全5回)を津田ホールで開催することになっており、『ベートーヴェンの中期弦楽四重奏曲からロマン派へ』のタイトルが示すように、第一回のプログラムはベートーヴェンの弦楽四重奏曲ヘ長調作品59の1とシューベルトの弦楽四重奏曲イ短調D804。7月を楽しみに待ちたい。
 
(舟入素一 ジャーナリスト TAMA音楽フォーラム実行委員)
 
 

 「ドビュッシーとラヴェルのヴァイオリンソナタ」

 講師;ジェラール・プーレ
 2012年2月5日(日)於;スタジオ・コンチェルティーノ
 
 今日はフランスの名ヴァイオリニスト、ジェラール・プーレのセミナーとコンサートである。指揮者、ヴァイオリニストとして活躍したガストン・プーレを父に持ち、11歳でパリ国立音楽院に入学し、2年後に首席で卒業、18歳でイタリアでのパガニーニ・コンクールに優勝、フランチェスカティ、シェリング、メニューインなどの巨匠の薫陶を受けながらヴァイオリニストの道を歩む。その傍ら、パリ国立高等音楽院などで長年、教育に携わる。そして退官後の2005年から4年間、東京芸術大学の客員・招聘教授を務め、10年4月から昭和音楽大学の客員教授。日本とフランス半々の生活という。
 セミナー開始に当たり、短い挨拶があった。「来日して7年がたちます。日本に来られたのは岡山潔先生のおかげです。日本での個人的な幸せと音楽的な喜びを二重に味わっています。今日はこの素晴らしいスタジオでセミナーと演奏ができてうれしいです」。
 まず、ドビュッシーのソナタの受講生は、桐朋学園大学3年の西悠紀子さん(V)と同大学卒業生の島千晶さん(P)。第1楽章を通して弾く。プーレ氏「2人ともいいエスプリで弾いたが、もう少し柔軟さがほしい。バランスもよくない。ピアノが強すぎる。色々なところのテンポも問題だ」とやさしい口ぶりながら、厳しい指摘である。また、冒頭のピアノの和音はヴァイオリンの主題を導くための和音であるという大事な言葉もあった。展開部について、1900年のパリ万博でドビュッシーはインドののこぎりのような楽器に接して、それに影響されたというエピソードも紹介した。楽章の終わりがちょっと硬い、もっと柔らかくという指摘があった。
 第2楽章では、テンポが速すぎるという注意のほか、中間のスピッカートは弓の真ん中でやったほうがよい、終わりのところは速すぎないように、メノ・モッソでと指摘した。
 第3楽章でも、ピアノの音が大きすぎる、“生き生きと”ではあるが、攻撃的になるのはよくない、コーダはテンポを上げて、などの注意もあった。プーレ氏の指導は、言葉よりもヴァイオリンを片手に持って演奏しながらの大きな身振りの熱血指導で、これに十分に基礎のある優秀な二人の受講生が応じているうちに、音楽がどんどんフランス的というか、ドビュッシーの世界に接近していったのは驚きであった。
 次のラヴェルに入る前に、プーレ氏は、父ガストンがドビュッシーと出会い、ソナタの初演をしたいきさつを興味深く物語った。
 「私の父ガストン・プーレはヴァイオリニストで1910年にプーレ四重奏団を結成し25年ごろまで活動しました。ドビュッシー、ラヴェルなど近代フランス音楽を得意としましたが、ドビュッシーと面識がなく、「私たちの演奏を聴いてほしい」と手紙を書きました。ドビュッシーがなくなる2年前の1916年のことでした。間もなく、『よければ家にいらっしゃい』ということで、4人で出かけました。高級住宅街のドビュッシー邸の広い部屋に通されました。恥ずかしがりのドビュッシーは部屋の隅っこに座り、4人は第1楽章を演奏しました。何の反応もないので仕方なく第2、第3、そして終楽章まで弾きました。それでも彼は何も言わない。父が恐る恐る『どうでした』とたずねると、『よくありません。しかし、よく弾けているから直さなくてもいいでしょうが、すこしアドヴァイスがあります』と言って実にたくさんのことを教えてくれて別れました。
 「数週間後、ドビュッシーから新聞の活字のように細かい字の手紙が来ました。『親愛なるガストン、いま6曲のソナタを構想していて、今、ヴァイオリンソナタを書いているので、見てください』。父は彼の家に行って、技術上のことも含めて相談に乗った。3か月後、手紙が来ました。『ソナタが完成しました。ご協力に感謝します。パリで一緒に演奏しましょう』。しかし彼はすでに大腸がんを患っていて、初演は手術後に小康を得た1917年5月5日に持ち越されました。二人はその年の9月に、ラヴェルの生地シャンザン・ド・リュスで演奏したが、この2回だけで、ドビュッシーは1918年3月に永眠しました(その時ガストン・プーレ25歳、ドビュッシー55歳)」。
 セミナー後半のラヴェルの受講生は桐朋学園大学3年の京極朔子さん(V)と同大学研究科修了の佐伯麻友さん(P)で、プーレ氏から同じような熱心な指導を受けた。第1楽章の二度目の演奏で、後半部をプーレ氏が一緒に弾いているうちに、音楽がどんどんラヴェルらしく変わってくる。この楽章について、古典的な形だが、無調に近づけようとする意図があり、遊びの要素もある。ピアノがカリヨンを模しているところもある。このような分析をしたうえで演奏するとよい、というアドヴァイスがあった。第2楽章はラヴェルがアメリカでジャズや黒人音楽に触れたこと、出だしはバンジョーを模していることを指摘した。そのうえで、テンポが遅くならず、インテンポで演奏すること、中間部のピッチカートはもっと強くてよい、ピアノの和音は乾きすぎないようになどの注意があった。プーレ氏は指導に熱中のあまり、時間を忘れたようで、第3楽章は時間切れ、休憩の後、コンサートに移った。
 コンサート・プログラムはもちろんドビュッシーとラヴェルのソナタ。その間に、サンサーンスの「序奏とロンドカプリチオーソ」が入り、スタジオ・コンチェルティーノはフランス音楽のエスプリに満ち溢れた。プーレ氏と共演したピアニストは川島余里さんで、東京芸術大学作曲家卒、同大学院修了後の1989年渡仏、主に伴奏者として評価を高め、2005年に帰国、東京芸術大学などで講師を務めながら、作曲活動をしている。この日も、プーレ氏の最も信頼する音楽家として、セミナーの通訳、助手を務め、コンサートでは、プーレ氏と見事な共演ぶりを示した。
コンサートを通して、これらフランスの名曲の真髄を日本の、特に若い人々に伝えるプーレ氏の存在の大きさを感じた。なかでも父の直伝であり、「この曲のすべてが私の心にある」というドビュッシーのソナタの演奏は、音楽学生のみならず、愛好家にとってのモデルとなるだろう。
聴衆の熱心な拍手に応えて、アンコールとして、ファリャの「スペイン舞曲」とラフマニノフの「パガニーニの主題によるラプソディー」からの旋律の2曲が演奏された。
 
(記録者:西谷晋)
 

 「モーツァルトとボッテジーニの間」~オーケストラの世界、ソロの世界~

講師:河原 泰則
2012年3月31日(土) 於:スタジオ・コンチェルティーノ
 
 
☆コントラバスの幅広い表現力――内面の苦悩や傷つきやすさも
 2011年度の最後の日は東京で桜が開花したというニュースがあったのだが、実は横なぐりの雨が降る悪天候。にもかかわらず、客席は超満員の盛況だった。この日のTAMA音楽フォーラムのセミナーにはコントラバスが初めて登場、「モーツァルトとボッテジーニの間」~オーケストラの世界、ソロの世界~という副題がついた。講師は世界有数のコントラバス奏者で、1980年から昨年まで30年以上にわたってケルン西部ドイツ放送交響楽団(旧ケルン放送交響楽団)の首席をつとめるかたわら、ソリストとして活躍している河原泰則氏。旧知の岡山潔TAMA音楽フォーラム代表は「河原さんは楽器を超越して音楽を突き詰めている方」と紹介した。
 公開レッスンの課題曲はボッテジーニ作曲コントラバス協奏曲第2番と同エレジー、そしてモーツァルトのオペラ「フィガロの結婚」第2幕冒頭の「伯爵夫人のカヴァティーナ」。片岡夢児(東京藝術大学4年)、名和俊(京都市立芸術大学1年)の両君が小林万里子・洗足学園音楽大学講師のピアノ伴奏で河原先生の指導を受けた。
 「(この協奏曲は)ラテン系で地中海の光を思わせ、(イタリア語のように)母音が多くある。もっと歯切れよく」「歌うところはとことん歌う」「男性的なところは真っすぐに。テンポをのばしていいところはのばす。その直前はのばさないように」と片岡君に注文をつけ、自ら歌い、同君にも歌わせる。そして「コントラバスは内面の苦悩や激しさ、傷つきやすさも表現できるチェロにないすごさがあり、(一般に考えられているよりも)かなり幅広い楽器です」と解説した。
 エレジーのレッスンでは名和君に「音楽を部分、部分だけで見ている。全体を見て設計図を描かないと。大きな『文章』のなかに小さなフレーズを組み込んでいかないといけない。ひとつのフレーズはその先のフレーズのためにあり、その先のところはそのまた先のフレーズのためにある」と、曲の全体像をつかむことの重要性を説いた。
 フィガロの結婚のストーリーはいわばドタバタ劇で、面白おかしく楽しいが、モーツァルトがまことに素晴らしい音楽に仕立て上げた傑作だ。課題に取り上げたのは序奏の後、アルマヴィーヴァ伯爵夫人(ソプラノ)が夫の心変わりを嘆き、「私の大事な人を取り戻してくださるか、さもなければ私に死を賜りますように」と神に祈る場面。河原先生は「明るい音楽ではない。神と対話しているのだから、神の世界の大きさ、自然な大きさを表現できないか。神様の世界だから、厳かで重々しい。軽くたたかない方がいい」「コントラバスには休符があるが、旋律は流れている。大事なのは雰囲気をつかむことね・・・」。歌手が役柄になりきるのは当然としても、それを支えるオーケストラも楽員ひとりひとりが空気を読んで一体となって演奏しなくてはならないということなのだろう。
 
☆モーツァルトとベートーヴェンが可能性を広げる
 オーケストラのなかで低弦は響き全体の土台をつくる重要な役割を担っている。チェロよりも1オクターブ低い音が出せるコントラバスは低音部を補強する地味な存在だった時代が長かった。低い周波数(波長が長い)の太い音なので、ほかの弦楽器に比べ、素早い変化に対応するのが難しいという物理(学)的な事情があるからだろう。
ドイツ・レクラム社のMusikinstrumentenfuehrer(楽器便覧、2003年刊)のコントラバスの項目を見ると、モーツアルトとベートーヴェンはコントラバス奏者に格段の力量を求め、この楽器の可能性を広げたという趣旨のことが書いてある。同書によると、モーツアルトは歌劇「魔笛」との関連が連想される交響曲第39番の第1楽章で急な音階の跳躍を、第4楽章では主題への参加をコントラバスに課した。また、「(作曲家による)コントラバスの正当な評価はベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」の第2楽章、いわゆる葬送行進曲に見られる」「交響曲第5番の第3楽章でのコントラバスの急激な音階の変化はあまりにも有名だし、第6番「田園」の第4楽章でのコントラバスによる雷鳴の表現には歴史的な意味がある」などと指摘する。
 おなじみの交響曲第9番「合唱」の第4楽章前半ではチェロとコントラバスが大活躍する。導入部で第1、第2、第3楽章の回想を低弦がひとつひとつ退け、木管による歓喜の旋律に肯く。そして自ら歓喜の主題の先導役になる。
 このレポートを書くにあたって、河原先生のものを含め、幾つかのCD、DVDを聴いた。クリスティアン・ティーレマン指揮ウィーン・フィルのベートーヴェン交響曲全集(映像版)にボーナスとして付いている指揮者本人と評論家ヨアヒム・カイザー氏との対談・解説のなかで、カイザー氏は第5番第3楽章のトリオ部分について、「コントラバス奏者、チェロ奏者の腕の見せどころ」と語っている。
トルコ行進曲で知られるベートーヴェンの劇(付随)音楽「アテネの廃墟」(1813年初演)の序曲はチェロとコントラバスで始まる。ヨーゼフ・カイルベルト指揮バンベルク交響楽団はfp(フォルテ・ピアノ)の指示通り力感と重苦しさが混ざり合った響きで、オスマン帝国に滅ぼされた人々の怨念やトルコの圧政に苦しむ人々の苦難をほとんど一瞬のうちに表現しているように感じた。チェロだけだったら、こうはならなかったに違いない。
シューベルトの交響曲第8番「未完成」もチェロとコントランバスのユニゾンで始まるが、ギュンター・ヴァント指揮・北ドイツ放送交響楽団はpp(ピアニのシモ)のところをかなり強めに弾き、天地創造の混沌とも言えるような深みのある響きをつくり出している。このDVDは指揮者から見て右奥に2列に並ぶコントラバス奏者のうち、前列の4人を横合いから大写しにし、チェロの2人を画面の右隅に入れて、ここでは誰が主役かを見事にとらえている。
 
☆2人の巨匠:ドラゴネッティとボッテジーニ
 コントラバスが現在の形状になったのは18世紀の半ば頃とされ、いわば若い楽器と言えそうだ。もともとは室内楽用の弦楽器ヴィオラ・ダ・ガンバ属(大きな音が出ない)のなかで最低音を受け持つヴィオローネが祖先とされ、これがヴァイオリン、ヴィオラ、チェロのヴァイオリン属と徐々に融合したのだという。胴体の上部がなで肩、裏側が平らなものもある、といったところにヴィオローネのなごりがある。
 このヴィオローネからチェロに似たコントラバスをつくったのはイタリアの弦楽器製作者でコントラバスの奏者でもあったガスパロ・ダ・サロ(1540頃~1609年)とされ、ガンバ属の6弦とヴァイオリン属の4弦の間をとって5弦にしたとか。3弦の楽器もあって、「コントラバスのパガニーニ」と呼ばれた巨匠ドメニコ・カルロ・マリア・ドラゴネッティ(1763~1846年)は、これを好んで使った。現代のコントラバスは河原先生が5弦、受講生のお二人が4弦というように、4弦とより低い音が出る5弦の2通りがあり、弓の形状や弓の持ち方にも違いがある。右手の掌を上に向けて親指と人差し指の間に弓の棒の部分をはさむ先生や受講生のような「ドイツ式」と、チェロと同じように持つ「フランス式」とがあって、ドイツ式はヴィオローネの奏法の流れを汲むものという。
 ドラゴネッティが3弦の楽器を掌を上に向けて弾いている水彩画(ジョージ・リッチモンド、1825年頃)が残っている。ドラゴネッティはヴェネツィア生まれで、長らくロンドンで活躍したが、ハイドン、ベートーヴェン、ロッシーニらと親交があり、ベートーヴェンに影響を与えたことも考えられる。
 その後継者である同じイタリア人のジョヴァンニ・ボッテジーニ(1821~1889年)は傑出した演奏家であっただけでなく、協奏曲やソナタなどコントラバス用の作品をはじめ、オペラ、管弦楽曲などを数多く残した作曲家でもあり、親交のあったヴェルディのオペラ「アイーダ」の初演(1871年、カイロ)を指揮したことでも知られている。また、フランス式を考案したのはボッテジーニという説(電子百科事典ウィキペディア日本版)もあり、愛用した3弦の楽器を今で言うフランス式で弾こうと構える写真がウィキペディア・ドイツ版に載っている。
 前出の楽器便覧は、ドイツ式が弦にかかる弓の強い圧力により音の強さが持続的かつ確実に出せるのに対し、フランス式はニュアンスの表現により適しているなどと説明している。DVDで見る限り、ドイツやオーストリアのオーケストラの奏者はドイツ式で、イギリス、フランス、オランダ(コンセルトヘボウ)ではフランス式、アメリカでは双方が混在といった具合で、それぞれの歴史的背景を反映している。ウィーン・フィルではニューイヤー・コンサートに見られるように、コントラバスが後部上段に横一列にずらりと並び、視覚的にも圧倒的な存在感がある。 
 
☆コンサートは「魔笛」で盛り上がる
 公開レッスンの後のコンサートではモーツァルトの「魔笛」から河原先生が編曲した序曲、パパゲーノのアリア、タミーノのアリア、夜の女王のアリア、ザラストロのアリアなどがヴァイオリン(岡山代表)、ヴィオラ(馬淵昌子氏)、コントラバス(河原先生)の3重奏で演奏され、大いに盛り上がった。アンコールはパパゲーノの「おいらは鳥刺し」。
 コントラバス用に書かれた曲はそれほど多くないので、奏者自身がほかの楽曲を編曲して演奏会に臨む例が少なくない。河原先生はバッハの管弦楽組曲第3番のアリアをコントラバス、ヴァイオリン、ピアノの3重奏用に編曲してリサイタルで演奏するなど、レパートリーを広げている。大きくて重そうなコントラバスの演奏をすぐ目の前で聴くのは初めての経験とあって、縁遠いと思っていた楽器が文字通り身近な存在に感じられて、うれしかった。
(記録者 走尾正敬)

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